コラム

ニューロダイバーシティの考え方とは

最近、ダイバーシティや多様性という言葉をいろんな場面でよく耳にするようになりました。

いわゆる、集団において存在している人種、宗教、価値観、性別、障害などのさまざまな違いを認めようという考え方で、すっかり常識的な言葉になりましたね。

そして、ごく最近になって耳にするようになって、個人的に薄々気になっていたのが「ニューロダイバーシティ」という言葉です。

障がい者の就労支援というフィールドにおいても比較的よく出てくるのですが、以下の記事(番組動画)の中でも触れられており、あらためてその考え方について理解することができました。


 

1. 診断とは支援のための行為

 
ここではまず、発達障害を脳波で診断することはできるのかというテーマについて紹介されているのですが、取材を受けたハートクリニック横浜の柏院長と、「ニューロダイバーシティの教科書」の著者でもある臨床心理士の村中直人氏のお二人がそのことについて懐疑的な見解を述べられています。

そもそもそういった科学的根拠がないということ、また発達障害は診断や治療だけでなく、本人の自己理解や周囲の理解が何より大切だということに言及されています。

“発達障害は、簡単に治療できるものではありません。時間をかけても生まれ持った特性そのものが変わる訳ではないのです。『治療』といっても空気が読めないのを読めるようにするという話ではなく、特性は特性としてありつつも“定型発達”といわれる人たちが多数派である世の中でも『仕事しやすくする』とか『夫婦関係を良くする』ための工夫をどうしていくかなどが1番大事なことです。診断ができてもその先が伴わないと意味がないのです”

柏院長のこのコメントからも、診断ありきではなく診断の先が重要であることがわかりますが、村中氏からも、以下のように同様の見解が伺えます。

“診断というものは、それをすることで診断を受けた患者が生きやすくなったり、困っていたことが解決するようになるというところにまで繋がって初めて意味があるものだと思います。病院で検査しただけの科学的根拠も伴わないインスタントな診断だけでは、その人の今後への対応には繋がりにくいだろうと思うので、診断は“あくまで支援のための行為”であるというのは大事なポイントだと思います”

要するに、発達障害は一般的な病気のように診断後に明確な治療法があるわけではなく、その診断をもとに、本人と周囲がその特性を生まれ持ったものとして理解すること、そしてそれに適応した環境をどう作っていくかが大事だということです。

その話の流れで紹介されたのが、村中氏も提唱されている「ニューロダイバーシティ」という考え方でした。

2. ニューロダイバーシティの考え方

ニューロダイバーシティとは、ここでは“Nero(脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わさって生まれた「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方”として紹介されています。

つまり、発達障害なども“人間のゲノムの自然で正常な変異”であるという捉え方で、そういった人それぞれの特性の違いをもっとフラットに認め合うべきだという考え方になります。

この考え方が浸透するにはそれなりに時間がかかるとも言えますが、脳神経由来の見地から考えることは、良い悪いといった人物評価視点から遠ざかる点において、結果的に発達障害に対する誤解や偏見をなくすことにも繋がるのだと思いました。

もっと言えば、環境次第でその特性は、障害となることもあれば、才能となることもあり、個性という見方にもなるのだということです。

これは考えてみればごく当たり前の話で、障がい者に限らず、誰にでも環境に対して向き不向きがあるという意味では当てはまるものですね。

“ニューロダイバーシティという観点は、本来全員が対象とされる考え方で『多数派には多数派の特性があり、少数派には少数派の特性がある』そのように捉えるための“人間感のアップデート”がまず必要なのです。限られた人たちのための特別な施策ではなく、一人一人の能力や個性を生かす社会を目指すと言ったときに“誰にとっても自分ごととして考えられるテーマ”ではないかなと思います”

村中氏のこのコメントからもわかりますように、ニューロダイバーシティとは誰にとっても自分ごととして考えるべきものであり、その延長線上として障害特性に対する正しい理解があるということを示唆しています。

障がい者がもっと活躍できる理想的な社会の実現のためにも、少しでも多くの人にこの考え方が広まればという思いで、今回はニューロダイバーシティについて紹介させていただきました。

個人的には“「人間感のアップデート」がまず必要”という言葉がたいへん印象に残りました。

就労移行支援 サスケ・アカデミー本部
本部広報/職業指導員
三浦秀章
HIDEAKI MIURA

36歳の冬、先天性の脊髄動静脈奇形を発症。 リスクの高い手術に挑むが最終的に完全な 歩行困難となり、障がい者手帳2級を取得。当時関東に赴任していた会社を辞め、地元の愛媛新居浜に戻り、自暴自棄の日々を過ごす。

41歳の冬、奇跡的にサスケ工房設立を知り福祉サービス利用者として8年半、鉄骨図面チェックの仕事に従事する。 50歳で一念発起しサスケグループ社員となる。

これからの目標・夢

障がいで困っている人の就職のお役に立ち、一人でも多くの仲間を増やすこと

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