「発達障害者らしく生きたらいいんだ」そう思えるまでに10年。特性に合った仕事を見つけて今は幸せ(OTONA SALONE【発達障害、生きづらさを考える#6前編】_2024.10.16)
「パパはアホ宣言」をして、夫としても親としてもプライドは捨てた。障害を受容して生きる「覚悟」ができた(OTONA SALONE【発達障害、生きづらさを考える#6後編】_2024.10.16)
今回ご紹介する記事は、発達障がいを抱えながらも自分の特性を理解し、それを受け入れることで幸せな人生を歩んでいる石橋尋志さんの経験談となります。
ここでは、困難に直面しながらも自分の特性を理解し、それに合わせた生き方を模索してきた過程を描いており、その中には発達障がいに対する新しい視点や、自己受容の重要性が見て取れます。
これは発達障がいを持つ方々にとって、大きな希望と勇気を与えるものだと思いましたので、ここで取り上げさせていただきました。
本来は上記ご案内した前編後編の記事を読んでいただくのが一番なのですが、私なりに印象に残った記事のポイントと感想を以下にまとめてみました。
1. 「諦める覚悟」
“発達障害の人は発達障害者らしく生きなければならない。どこかで定型者みたいになりたいとか、発達障害を治したいとか健常者のような生き方をしたいとか思っていたのですが、そんな自分を捨て、定型者として生きていくことを諦める覚悟をしました。”
石橋さんが発達障がいを受容し、健常者のように生きることを諦めたとき、逆説的ではありますが、初めて真の自由を手に入れたのだと思いました。
この「諦める」という行動は、単なる投げやりではなく、自分らしく生きるための第一歩なのかもしれません。
発達障がいのある人が、無理に周囲に合わせようとするのではなく、自分の特性を受け入れ、それを活かす方向にシフトすることで、自己肯定感が高まり、社会的な役割を果たすことができるようになっていくということが石橋さんの経験からわかります。
2. 「治療法はないが、自己訓練が効果的」
“治療法はないのですが、ADHDの薬が処方されました。それを飲むと8時間くらい頭が冴えるので、頭が冴えているうちに自己訓練をしてくださいと言われました。”
石橋さんは、医師から「治療法はない」と言われながらも、薬の効果を活用し、自己訓練を重ねました。
ここから学べるのは、発達達がいの治療は必ずしも「治す」ことに焦点を当てる必要はなく、自分の特性を把握し、それに対処するための方法を見つけることが重要であるということです。
この自己訓練のプロセスは、多くの発達障がいを持つ人々にとって、生活を改善するための有力な手段であると言えます。
3. 「自分の特性に合った仕事に出会う」
“職種と社風が私の発達特性とマッチしました。小さな5人くらいの建築会社なので、タイムカードがありません。いい意味でいいかげんです。遅刻しても文句を言われないし、早退しても途中で抜けても現場対応さえしていたら何も言われません。”
発達障がいを持つ人にとって、仕事選びは非常に重要です。
石橋さんが、自分に合った職場を見つけることができたことは、彼が自己を受け入れた結果でもあります。
柔軟な職場環境や自分の強みが活かせる職種に出会えたことが、彼の生活の質を大きく向上させました。
このエピソードは、すべての発達障がい者にとって、自分の特性に合った仕事や環境を探し続けることの大切さを示しています。
4. 「他の発達障がい者から学ぶ」
“自助グループでいろんな人の話を聞き、他の発達障害の人も私と同じような失敗をしていていることに気づき、私の考えを改めようと思いました。”
石橋さんが作った自助グループは、彼自身が障がいを受容する大きな助けとなりました。
自分と同じ悩みを抱えている人たちと話すことで、自分一人ではないという安心感を得ることができます。
このようなグループでの経験は、他の発達障がい者にも共感と支援を提供する重要なリソースになっているのではないでしょうか。
また孤独を感じていた人にとっては、自分の居場所を見つけるための精神的な支えとなるのではないかと思います。
5. 「生活の工夫」
“定型者のように、決まった場所にものを置いておくというような方法は全く通用しません。そのため、1週間同じズボンを履いて、同じ上着を着ます。”
石橋さんは、忘れ物や注意欠陥の特性を理解し、それに対応するための具体的な工夫を行っています。
定型発達の人々が当たり前に行う方法が通用しない中で、石橋さんは自分なりのやり方を編み出しました。
これこそが、発達障がいの人が自分の特性に合わせて生活をデザインし、より生きやすい環境を作るためのヒントとなります。
こうした工夫は、小さなことに見えるかもしれませんが、生活全体に大きな影響を与えるのだと思います。
6. 「夫婦の理解と協力」
“『僕のどこが良かったん?』と聞くと、『人の話を聞いていないのに、聞いたフリができるところ』だと。”
石橋さんの結婚生活におけるユーモアと現実的な対応はいかにも関西人といった感じで、上記引用以外にも思わず笑ってしまいそうになるお話しがたくさんありますので、ぜひご確認いただければと思います。
彼は自分の特性を隠さず、それを妻に理解してもらうことで、夫婦間のコミュニケーションを円滑にしています。
発達障がいを持つ人がパートナーとの関係を築く際に、自己受容と互いの理解が重要であることを強調しています。
このような夫婦の協力が、障がいを抱えながらも幸せな家庭を築くための鍵となるのだと思いました。
まとめ
石橋さんの体験談から学べることは多く、特に「自己受容」と「環境調整」の重要性が際立ちます。
発達障がいを抱える人々が、自分の特性を理解し受け入れることはそう簡単なことではないかもしれませんが、それを乗り越えた先には、より生きやすい生活が待っています。
また、自分に合った環境や職場を見つけること、周囲の理解を得ることも、成功の鍵となります。
石橋さんのメッセージからはそうした多くの気づきが得られ、また発達障がいを持つすべての人々にとって力強いエールになると思いましたので、今回ご紹介させていただきました。
36歳の冬、先天性の脊髄動静脈奇形を発症。 リスクの高い手術に挑むが最終的に完全な 歩行困難となり、障がい者手帳2級を取得。当時関東に赴任していた会社を辞め、地元の愛媛新居浜に戻り、自暴自棄の日々を過ごす。
41歳の冬、奇跡的にサスケ工房設立を知り福祉サービス利用者として8年半、鉄骨図面チェックの仕事に従事する。 50歳で一念発起しサスケグループ社員となる。
これからの目標・夢
障がいで困っている人の就職のお役に立ち、一人でも多くの仲間を増やすこと。